2018年4月7日土曜日

ヘッポコ人生




みなさまこんにちは

過保護のカレコでございます






いきなりではございますが

私の母と父は生粋の過保護

3人兄弟の末っ子の私はその中でも

死ぬほど甘やかされてきました






テストで名前を書き忘れたとかじゃない

本気の0点をとって帰宅した時も

「カレン!すごい!!こんなのはじめて見た!!」

とテンションMAXな両親を目の当たりにし

こんなので大丈夫か私も両親も…と

子供ながらに不安にさいなまれたことを思い出します






他にも数え切れないくらいのエピソードが

ありますがこの辺にしておきます






なにはともあれ、おかげで立派なヘッポコに育ち

大抵のことは一人でこなしあげることは出来ず

周りの皆さんに助けられながらいきてます22才です






そんな私も一度は就職してから、独立を図ろうと

親元を離れ暮らしました

しかも一人ではなくヘッポコ三人兄弟で

同じアパートを借りたのです






「環境が変わると、人は変わるよ」

とかよく言われておりますが

私達兄弟とその言葉には縁がないみたいで



誰かがご飯を作るわけでもなく

それぞれがカップラーメンやインスタント食品を

押入れにストックしていました



おかげさまで私はすぐに体調を崩し

見かねた同期のサヤがお弁当を作ってくれたり

先輩のミヤコさんが

「これ、作りすぎて余ったから食べて」

と、美味しいおかずをくださったりと…



マザーテレサに助けられた人たちは

こんな思いを抱いていたのかと痛感しました






心にも時間にも余裕がなかったあの頃

Diva Hairから自転車で信号に引っかからなければ

53秒で着く家に住んでいたのに

いつもギリギリでタイムカードをおして

ボサボサのライオンヘアーを振り乱しながら

「間に合いましたドヤ」

みたいな顔をしていた自分を思い出し

今とても恥ずかしい気持ちでいっぱいです






朝ごはんを食べている時間もないので

冷蔵庫から盗んだおにぎりを食べながら

自転車を漕いでいたところ

前方からバショさんの車が見え、とっさに

下の方に手を持っていき隠したつもりだったのですが

口に含んだおにぎりで顔面崩壊しており

店に着いた時に

「今日の朝、野生のゴリラを見た」

と、みんなの前で発表される始末で

こちらは人生の汚点トップ7に入るエピソードです






私はこれからもこんな感じで人生を

歩んで行くんだと考えると胸が苦しいですが

もし私に子どもができたら

少し遠目から我が子を見守る

ヤマトナデシコのような母になろうと

心に決めたしだいであります






本日も最後まで読んでくださった皆様

本当にありがとうございました


































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